2005/05/31

もんじゅの建設は問題無し

高速増殖炉もんじゅの建設許可を巡り、反対派市民が国を訴えた裁判の判決が最高裁で言い渡された。二審の高裁判決では住人側の主張を認め、国の過失を問う形で判決が出されていたのだが、その判決を覆し国側の主張を全面的に認める判決で、もんじゅ建設の是非を巡る一連の裁判は幕を閉じた。例え裁判所と言えども、国の組織である以上、最終的には国側に迎合するものだと言うことを改めて印象づけられたが、この国の国民は何度同じ事を繰り返せば成長するのだろうか(あるいはこれが限界まで成長しきった姿なのだろうか)。
一般市民はどんな正当な理由があろうが理不尽な目に遭おうが、国に対して裁判を起こした時点で敗北なのだ。
公正中立が原則の裁判官も不正を暴く立場の検察官も、最終的に帰属する先が国となる公務員である以上、図式は自浄能力に期待していても、いつまで経っても汚職のなくならない官僚と同じで、どんなに組織に非があろうともそれを非難して自分の首を絞めるような真似は誰にも出来はしないのだ。自らの組織を窮地に追い込むような人間は、組織内の居場所がなくなると言うことだ。
国が組織として自らを改革出来ず、する気も無い以上、後は個人の力に頼るしか無いのだが、全ての国民に等しく与えられた選挙権と言う武器を、この国民は未だに有効に使えないでいる。もんじゅにしても、真に反対するのであれば、反核政策を掲げる政治家に投票するなり、擁立するなりすべきなのだが、いまだにそのような話は聞いたこともない。穴の開いた檻に閉じこめられて、やがては食べられる事を知りながら、自由な世界に出ていく勇気を持たない、家畜以下の国民と言えよう。国に成り代わってはっきりと言ってやろう。
おまえら家畜共は死ぬまで牛馬のごとくこき使われて、役に立たなくなったら食い散らかされてゴミ箱に捨てられるんだから、何も考えず言われた通りに生きていればいいんだよ!この、役立たずの、ブタ共め!
なんて言ったら少しは発奮して政治に興味をもつだろうか、このダメ国民達は。

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