2011/12/27

横浜中華街入り口の異○茶屋、最悪、最低

今日、散歩がてら横浜中華街と元町を散策した帰りに、横浜公園に寄って行こうと玄武門の通りを歩いていると、店先の歩道を掃除している店員がいた。なんか、高圧の水を勢いよく吹き出すポンプで歩道を洗っているのだが、通行人が来たら当然止めるだろうと思って、脇を通りぬけようとすると、まったく通行人無視の店員が水を撒き散らし、跳ね返った水を頭から浴びてしまった。しかも、小石なんかまで混じっているし。もう最悪。どうしてくれるとばかりに、強面の店員をにらんでみると、悪びれもせず、こんな所を通る方が悪いとでも言わんばかりの表情で、(おまえ、なに見てんだ、さっさとあっちに行けよ)と言う目で、睨み返してきた。
あんまりに頭にきたので、ちょっと離れて写真を撮ってやったら、(なに写真なんか撮りやがって、バカなんじゃねえの)と言わんばかりに、にやついた目で小バカにしてくる始末。なんなの、この店。店員に対してどういう教育やってんだ。普通の店の店員なら、水がかからないように細心の注意を払うだろうし、もしもかかったりしたら、平謝りのはずだ。まさに「ありえん」。







こんな店、絶対行くことはないし、知り合いがもし、ここを使うと言う話を聞いたら、断固として反対する。これは営業妨害などではなく、単なる自分の主観的な見解だが、絶対に反対する。横浜中華街の面汚しだ。となりに出来た牛丼屋の方が100倍マシだ。



2011/12/18

日本海の廃止が正式に決定!

韓国が国際的な呼称として相応しくないと強硬に主張している「日本海」。韓国の通称名である「東海」が相応しいと、なんとも独善的な主張を声高に訴えていることがニュースで取り上げられることは少なくなり、いつの間にやら日本人はそんな工作活動が行われていた事すら忘れているようだが、国際社会への働きかけを続けて、自分の主張を認めさせようという、悪意に満ちた活動は今現在も活発に行われているのである。

そんな中、Yahoo!のトップで、『「日本海」廃止』という記事がトピックスで報じられた。どのレベルの、どの国際機関が認めたのか、まさか日本人が名称が変わるわけなどない、と高をくくっている間に、国連で正式に名称の変更が決定されたのだろうか。もしそのような事態になってしまったのだとしたら、消費税とかなんだとか言っている前に、責任をとって野田政権は総辞職しなければならないような大問題である。ん?なんだこの、『E5系は2倍に』というのは。

記事を確認した。廃止されるのは、JRの寝台列車「日本海」。2倍になるのは、東北新幹線のE5系編成のダイヤ。なんとも紛らわしい。いや、わざと紛らわしくなるようにトピックスの掲載方法を歪めたのではないのか。韓国からの圧力で、無理矢理このような、日本海の呼称がなくなるかのような書き方をさせられたのか、はたまた日本人の危機感を募らせるために、啓蒙の意味で書いたのか。いずれにせよ、日本海がなくなる前に、それを守る努力をしなければ、JRの寝台列車よろしく、国際的な呼称すらなくなるかもしれない、ということを日本人は肝に銘じた方がよい。

2011/12/11

「フィリピンで小型機が墜落」を朝日新聞で読む

12月10日の午後、フィリピンのマニラ近郊にあるパラニャーケ市で、小型機が離陸直後に異常をきたし、管制塔に連絡をしたがそのまま墜落してしまうという事故が発生した。空港周辺には住宅密集地もあるが、小型機はその中に墜落してしまったため、巻き込まれた住人や子供を含め13人が死亡、10人~20人がやけどなどの傷を負ったということです。この事故を朝日新聞で読んでみた。

朝日新聞の記事では、この事故で小型機が墜落したのは「小学校」ということになっており、記事の中では誰がどのように怪我を負ったり死亡したのかは詳しく触れず、「子供ら13人」が死亡したことを伝えている。さらに、真偽のほどは定かではないが、小型機は「校舎に突っ込み」さらに「炎上」したとされている。しかし、例えばNHKの報道を見ると、小型機が墜落したのは「住宅が密集する地区」に墜落して、小学校も「一部が延焼」したとなっており、ニュアンスがかなり違っているのが分かるだろうか。

これは端的な例なのかもしれないが、朝日新聞の記事は概して、上記のような一般市民の同情を誘おうとするような、いわば誘導的な意図を持って書かれていることが多いように思う。政治にしても犯罪にしても、報道する際に記者なり編集者なりが、共感を得やすいように都合のよい部分だけを取り上げ、一般市民が「勝手に」誤認して同情するように書かれているのではないだろうか。こんな本もある。



朝日新聞を疑え。でも、他のメディアも妄信するな。

2011/12/10

名折れ、消費者庁

世間を賑わした、というか、騒がした、茶のしずく健康被害の問題で、消費者を保護するための砦として設置された消費者庁が名ばかりで、何の役にも立っていなかった実態が明らかとなった。被害が広がる以前に、国民生活センターから、消費者庁に対して、アレルギー症状が発生すると医師から情報提供があったことが通報されていたが、消費者庁では再三に渡り、こうした通報を受けていながら、なんら対策を取らずに放置し、結果として被害の拡大を招いたのだ。

設立当初から、役人ごときに消費者の何がわかるのか、どうせまた縦割り行政の区割りが増えただけではないのか、ポストを増やしたいだけなのではないのか、などと疑義がかけられてきた消費者庁だが、実態として何の役にも立たないばかりか、重要な情報を握りつぶすという、まるで消費者を生殺しにし、産業界を保護しようとでもするかのような、消費者に対する悪意でもあるのではないかとさえ思われかねない、官僚的で経済活動を優先した運営がなされていることが明らかになったと言えるだろう。

消費者庁は、そもそも、国民の生活が第一であるとする、民主党の主張に則り設立されたわけだが、箱だけ用意しても、そこに配属される人間がこれまでどおりの官僚では意味がないという指摘がまさに的を得ていたことが実証されてしまったわけだが、それが意味するところは、民主党は自民党以上に、官僚の手のひらの上で動かされており、公務員改革など到底なしえない政権、政党であるという事だろう。なにしろ、公務員が支持母体となっている政党が、その当人に対して給与を削減するとか、ポストを削減するとか、既得権益を奪い取るような行為ができようか。

はっきり言おう。我々国民は、これ以上、民主党のうわべだけの論理、主張、政策に騙されてはいけないのである。ただ、困ったことに、じゃあどこにしようかと言うと、なかなかこれが難しく。やはり新しい政党を作るしかないのだろうか。

2011/11/29

配布されなかった安定ヨウ素剤

11月29日付けのThe Wall Street Journal(ウォールストリートジャーナル日本版)の記事で、福島第一原発が東日本大震災直後にメルトダウンを起こした事故の関連で、政府の致命的な失態を報道している。記事の出だしはこうだ。。。。

「東京電力福島第1原子力発電所の3月11日の事故による放射線のリスクを最小限に抑えることができた可能性のある錠剤が数千人の地域住民に配布されていなかったことが、政府の関連文書で明らかになった。」

原発事故の直後に、特に児童に対して配布することが期待されていて、各自治体で備蓄されていた安定ヨウ素剤。これは、放射性ヨウ素が人体内の甲状腺に蓄積することを回避できるため、原発事故後などに服用することで、甲状腺がんの発症を予防する効果があるとされている。

原発事故後、原子力安全委員会では、直ちに住民に対して安定ヨウ素剤を配布し、服用させるべしという提言を、原子力安全・保安院(要は、原発事故後に東電と一緒になって記者会見を連日開いていた奴らの事だ)に対して行ったにも関わらず、この提言は最終的に原子力安全・保安院では認識されず、結果として薬剤の配布が行われなかったというものだ。

原子力安全・保安院では、事故後の混乱で情報が錯綜していたのと、住民の避難を優先しなければならないという先入観があったことで、情報が欠落した可能性があるとしているが、ここに大きな疑問がある。当初、原子力安全・保安院では、メルトダウンの可能性を真っ向から否定し続け、あくまで原発は制御下にあってなんら問題は発生していない、という姿勢を見せていたということだ。にも関わらず、混乱で情報が欠落した、というのは、おかしいのではないのか。

疑問は疑惑となり、疑念を抱かせる。それは、当初から本来は安定ヨウ素剤を服用させる必要があったにも関わらず、事故の重大さを隠蔽したいがために、その重大さを伝えてしまう、薬剤の配布を意図的に行わなかったのではないのか、という疑念だ。実際、原子炉内の圧力が上昇した場合に、直ちに行わなければならないベント(弁の開放)作業を先延ばしにし、海水を注水してでも炉心冷却に務めなければならない時に実施を見送り、最終的に原発建屋の水素爆発を招いていることを考えると、当初、事態を矮小化するために、薬剤の配布が必要であることを知りながら、自治体にはその事実を伝達しなかったのではないのか。

政府・民主党はもとより、自民党その他政党政治家、各種メディアには、この問題の徹底した追及を期待したい。もっとも、海外メディアで報道されて、ようやくテレビ朝日で報道されるような、政府に迎合してしまうようなメディアでは、追及を期待するのは高望みと言うものか。我々、国民がいかに政治家を御することができるかに、今後の日本はかかっていると言えるかもしれない。

2011/11/27

震災のがれき受け入れを拒む県は交付金をカットせよ

東日本大震災で、大きな被害を受けた宮城県では、震災と津波によって発生したがれきの処理が進まず、それが復興の大きな足かせになっているのだとか。政府と宮城県は、各自治体に対して、がれきの受け入れを要請しているが、東京都や山形県を除いて、その他すべての自治体では受け入れを拒む状況が続いている。

放射線レベルが高いかもしれない、国から示された放射線の安全基準が信用できない、などとお題目ばかり並べているが、実際にがれきを調べても、ほとんど放射線が検出されることはなく、受け入れを拒むための言い訳に利用しているのは明白である。なにしろ、実際に原発がある福島県のがれきについては、国で全て処理を行う事となっており、低レベルの放射性廃棄物にすら該当しないような、一般ごみを拒む理由としてあげているのだから、お話にならないとか言う以前の問題であろう。

政府は、がれきの放射線レベルが低く、安全基準に問題がないのであれば、がれきの受け入れを「要請」などせず、各自治体の規模に応じて、強制的に受け入れを義務付けるべきであろう。それを拒むようであれば、その自治体に対して国から交付されている補助金の支払いを停止する、あるいは、補助金自体を「がれき撤去協力金」などという名目に変更し、受け入れた自治体にのみ支給するように改めるべきである。

もちろん、交付金がなくなれば、道路を作る事も出来ず、行政サービスも大幅に低下することが避けられないだろうが、この有事に際して協力することすらできないようなら、そんな自治体は日本から出て行けと言いたいほどで、まさに日本の恥と言えよう。それでも協力できないという自治体には、そのくらいの罰を与えるべきだろう。信賞必罰、と言うではないか。

ダム1つを決めるのにどれだけ時間をかけるのか

民主党がマニフェストに掲げている、いわゆる「八ッ場(ヤンバ)ダム」の廃止論議だが、いまだに一向に結論が出る気配すらない。国交省が検証した結果、ダムの建設が一番、効果的だという話に対して、そもそも国交省に検証させること自体が猫にかつおぶし状態なのだという突っ込みもなければ、検証の前提となっている数値、資料の信憑性、正確性について、問い詰めることすらできない始末。ただ単純に、自分たちが言ってきた事に反する結果が出てきた事について、半ば感情的に否定を繰り返すばかりで、政権交代から2年が経過したが、議論は1ミリも進んでいない。

前にも書いたが、経済効果や治水効果を検討するのに、なぜ建設主体である国交省に依頼するのか、そこからして大いに疑問がある。利害の当事者に対して、公平公正な検討をせよなどと命令したところで、なんらかの思惑が入った結果が出てくるのは、火を見るよりも明らかで、依頼者の見識が疑われるばかりだ。まず一番最初の入り口すら統制できていない、民主党政権、議員の力の無さ、頭の無さを際限なく見せられては、期待感が無くなるのは当然と言えよう。さりとて、自民党に任せればこの問題を解決させられるのか、と言えば、単純に元の計画通りに建設してお終いにしてしまうのが目に見えているだけに、だからこそ民主党の支持がこれほど低下しても、自民党の支持も伸びないという状況に陥っているのだろう。

どの政党、政権に期待するのかはひとまず棚に上げて、まずはダムの必要性について、利害関係の無い第三者機関に対して検証を政府として依頼するのが筋ではなかろうか。そんなこと、これまでやった実績が無い、慣例では担当省庁に依頼することになっている、だからやらない、なんて馬鹿げた考えは捨てて、とっとと公正な検証を依頼するべきであろう。日本でも米国でも欧州でも、どこかしらで複数の民間シンクタンクに対して、ダムの費用対効果について、分析をさせた上で、ダム以外の選択肢がどんなものがあるのか、そもそも、何らかの対策が必要なものなのか、そこから検討させるべきであろう。

だいたい、治水効果のためにダムが必要だからと言って、作り始めてから既に数十年が経過しているが、まったく必要性を感じさせるような事態は、可能性があったという水準ですら、一度足りとて起きていない事実があるのだ。なにしろ、これまでの流量に対して倍の規模で洪水が発生することを前提として、だからダムが必要だ、という理屈で進めてきた事業なのだ。そんな洪水が実際に起きるのかといえば、到底、起き得ないと考えるべきであろう。

こう言うと、賛成派はすぐに、東日本大震災のように、想定外の事態に備える必要性を口にするが、ダムを作ったあとで大地震が発生して、そのダムは本当に大丈夫なのかと問いたい。実際、東日本大震災では、ニュースではほとんど取り上げられなかったが(津波と原発の方が被害が大きかった)、福島県須賀川市の藤沼ダムが決壊し、多数の死者も出ているのだ。地盤が弱いと指摘されている八ッ場ダムが決壊したら、被害は甚大なものとなるであろう。それこそ、新たな災害リスクを生み出すこと以外のなにものでもないのではないか。そのあたりも含めて、十分な検証を行ってもらいたいものである。